新春放談クロニクル 2011
2011年 これが最後の年になりました。 この年の3月、東日本大震災が発生。その年末の二人の心境 には、まだまだ震災の心的外傷が生々しく残り、新春放談を復興 させることができなかったのではないかと思います。 達郎側から「時代的な役割を全うし得たと思えますので」再開は しない、とのコメントが後日出ました。 今回のキーテーマは、『ロンバケ』30周年。そして同時発売の『CD ブックT』 アナログ‐デジタル、リマスタリングの現状について 「ロケ地研究」の活動状況について 何度か聞いた話もありますが、同じ題目でも、新たに語りなおされ ることで見落としていた別の本質が見えてきて、あーそうだった のか、というのが多かった気がします。 順番に行きます。 詠:渡米以来アメ車のカーオーディオが一番好み、ネットラジオを iPhoneから引っ張って聴いてる。 マイ・テープが非常につまらなくなった。自分の予想外に大きく 反応する人生だった。マイ・テープのシャッフルじゃ考え方も気分 もループする。ループに陥る。自分が持ってるライブラリーからは 予想外のものは出ない。 ジュークボックスはもう聴かない、ってことでしょうか。 詠:アナ/デジ・リマスターで50年代の曲も80年代も並列で聴く。 曲の持ってる真のものが単純比較できる。「分母分子論」で 言ってたことは音響的にも実現した。 わー!84年の第1回に一気に戻ります。今回、新春放談を 時系列じゃなく並列して聞いてるんですよね。 あと先週、今週作ってるプレイリストは1960〜90年代4ディケイド の音源を(リマスターはしてませんが)つないでるので、それを 作って第3者にプレゼンすることの意義にお墨付きをもらった ようなうれしさがあります。 詠:ロケ地めぐりは去年夏、新しいメンバーでツアー実施。去年 の暮れに「長屋紳士録」ロケ地の全貌 川又ミ氏に研究発表は10年9月 http://www.dotbook.jp/archive/kawamata/ kawadata.php?p=107 これは、暮れが09年で、夏は10年、のことだと思います。年末 収録の新春放談なんで、去年、今年がごっちゃになってること がままあります。 成瀬に同化。小津が憑依。 http://plaza.rakuten.co.jp/45emon/diary/?PageId=1&ctgy=5 ナイアガラサウンドと「小津調」、芸術家としての共通点を 無意識に感じてたわたしでしたが、二者はやっぱり似た者同士 だったことの証明ですね。 詠:CDブックT。オリジナル準拠、noボーナス。9月から週2回 乃木坂へ 『CDブックU』については、『ロンバケ』以降はそっちに入る、 としてますね。 これについては2010年の新春放談で話してます。Tが『ロンバケ』 と同時発売なんでUも『イーチタイム』と同時発売の予定だった、と 思います。 現実には1年遅れで2015になりましたが、亡くならなければ去年 同時発売してたかもしれません。ですから、Uの収録アルバムの リマスタリングも2013年末にかけて進行中だったんだな、 と気付きました。 詠:最後のリマスター。50周年100周年でもこれを使う。ファイナル。 アルバムを出す、曲を書く、これをすべてやめて、さらにここで、 自作のリマスタリングも最後、と。最後の最後が2014年の『イーチ タイム』と『CDブックU』のためのリマスタリングだ、という引退 宣言でした。 2週目に行きます。 詠:『ロンバケ』純カラ。30年たったらネタばれいいだろう 歌わないで完成したと思った。オケを邪魔してるように感じた 歌を録る前に歌メロが確定していない。 有名な『イーチタイム』未発表曲は、あれだけのオケが出来て いながら、詞も歌メロも完成しなかった。下書き的松本の詞の仮歌 のようなヴォーカルが何テイクかあるんでしょうか。お墓まで持っ てく理由はないと思うんですが・・・ 詠:1 of them 別のメロディーがあったんではないか。themを聴い てほしい。取りも直さず、それでなければならない理由もあった。 成瀬・小津研究に役立った 歌だけに24チャンネル使ったのは、24生かしといて、熟考して23を 捨ててるんですから。 大監督の芸術性だけじゃなく、時間と予算を持ってる大先生ですね。 詠:天然色2チャン一発録り。Aは高くて「想い出はモノクローム」の 詞で中年の悲哀が出た。はいから、ウララカ、サイダーもA 肝心 な時はAで行く このネタは何度か聞きましたが、歌詞の「あ」じゃなくてキーも 「アー」だったんですね。そこまで気づいてなかったです。 達:80.12に郵便貯金「レッツデビューアゲン」。水飴舐めながら 楽屋で見たんでしょうか。堀内敬三の浅田飴でしょうか。 詠:はいから、ウララカ、サイダーもA 肝心な時はAで行く。成瀬 が再起の時に築地に戻る 「アメリカンポップス伝」は「ゴーゴーナイアガラ」第1回への原点 回帰。と以前書きました。 オリジナルの発表をやめ、自作のリマスター・リイシューもやめ、 声も出て、足腰立つけど、ラジオのDJの道を行く。 これが、2012年以降のメインになりました。 小ネタを列記します。 ○ビル・ヘイリーはmp3に合う 「アメリカンポップス伝1」でけっこうじっくりやりましたね。ロカビリー の印象がずいぶん変わりました。 ○「クリスマス音頭」雪を蹴り 「ジングルベル」の歌詞で〜雪を蹴り・・・は堀内敬三ではないんです よね。 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1175355826 堀内版を歌ってるのを検索してヒットしたのが加山雄三なんです。 ○詠:あなたは朝から晩まで歌ってたいタイプ。俺は朝から晩まで 黙ってても平気。家でも声出して歌わない 75年当時、想像できたでしょうか。こんな正反対になるなんて。 ○昭和23年から平成23年まで生きた 達郎は、来年平成28年、あと1年ですね。 ○3人組は2対1になる。リンゴが必要 14年年末の特番であらためて思いましたけど、はっぴいえんどの メンバーってほんとにすごいメンツだったんだなあ、と。 天才が二人いたバンドや、スターが二人いたグループはあったけど、 3人以上いたって他にないですよね。 ○ソニーはiTunesで配信しない 12年からsmeも楽曲提供開始。現在ではナイアガラも配信されてます。 ○ソニーで最古参2、最年長。こればっかりは抜かれないから・・・ 亡くなって最年長の座をを譲ったわけですね。1は誰でしょうか。 ○達:次のライヴ大瀧さんの曲をやりたい。ロンバケでなにか1曲 やれったらカナリア 詠:天然色をカラオケでやったの聴いたよ。Dのキーでちゃんと歌える つったらあなたぐらいしかいないよ 14年maniacツアーの「天然色」のキーはDだったんでしょうか。大瀧 さんの遺言。 ○しのひろこ、タモリのラジオ これですな。https://www.youtube.com/watch?v=45Gv4VT6DSc ○西武球場観に行きましたよ。芸能レポーターに追いかけられた 80年7.27『80's JAM OVER JAPAN』ですな。 ○成瀬が再起の時に築地に戻る また、これですが「夜毎の夢」YouTubeでDLしました! 5年前は無か ったですよ。とりあえずしぶとくやってると時間が解決してくれることが よくありますね。 さて 最後に何を話して、どういう言葉で終わっちゃたのか。 詠:あなたが第一線で活躍してくれるので僕は何にもしなくて足を 洗って悠悠自適で暮らせる。感謝してますよ頑張ってください。 陰ながら応援してますよ 達:なんか上から目線じゃないすか 詠:陰ながら上からですか 草葉の陰から、応援し、青空の上から、見守ってることでしょう。 12302014 青空のように ![]() |