新春放談クロニクル 1999



  




1999年 上

1週目 1/3
7年ぶりのツアー中


●電話ばっかですね
△あなた忙しいから
こないだライヴの打ち上げでフジパシフィック関係の人が
たくさんいらっしゃいまして
代表取締役が「大瀧君もうレコーディングしちゃあやめてる
から少し言ってやってくれって」
△なんなんだよそれ、君の役目?

ツアー中に打ち上げ、年末仕事納め?
https://ja.m.wikipedia.org/ wiki/山下達郎のコンサート一覧

●ところで市川実和子さんのアルバムはどうなったんですか
△順調にいけば春先の予定だったんですけど、夏前には出る
でしょうし、年内には出るんじゃないですか
●僕あの曲すごく好きなんです
△ポップスターでしょ
あれ最初原題ね、パパのテレキャス踊ってる、まあようするに童謡です
14歳、16,18、年齢別のね、36くらいまでの女の一生です、杉村春子
●初めて聞いたような態度を取らなきゃいけない
△そういうようなアルバムの最初の14歳
童謡なわけだ。それにテレキャスターが出るご時世になった
ビートルズっていう固有名詞が出て来るいちご白書なんてのもあったけど

パパからもらったクラリネットという。


●初めてお会いしてから25年、四半世紀が経ちました
△25周年記念なんだ、このツアーは
●開業25周年ですね
日本の場合は芸能界何周年は、シングルデビューでしょ
△なぎらさんみたいにやり始めて何年ていうのと、レコ―
が出てから何年って二つあるとかね
●うちの奥さんが20周年、サザンと同じデビュー
△サザンって20周年?
●去年、だからベスト出して、すごい活動が
うちの奥さんが、誰も祝ってくれないってね、いいんだそんなもんは
△アラ、ご主人がやるしかない

主婦か。

●そんなこといったら大瀧さんはデビュー何周年になるんだ
△ちょうど、バレンタインブルーで今年が30年だから、
来年がはっぴいえんど30周年
●ついに30周年、すごいですね。エルヴィスのキャリアを超えちゃいましたよ
△むこう生きてないからね
●ビートルズだって7年ですからね
△良い時は短いからみんな

ビッグネームは短命でした。

△君のコンサートを去年観に行ったけど、復活の力強さを感じたね
これからぐいぐい行く
●ぐいぐい、何そのトコロテンの押し出しみたいの

今回は、例え突っ込みが冴えてます。

△今年は自分自身の捉え方がまたちょっと変化した部分があってね
前から分かっていたことではありながらも初めて力強く感じた年でもあったんです
いろいろ曲はあるんだけど

2週目でもう1曲見立てがあります。

△パレードは、あ、童謡だったんだって思ってさ
あん時にシングルにしたいって君が言って
最初からシングルには飛躍し過ぎかと
プロデューサーとアーティストでもめて結局はファースト
アルバムに入らなかったけれども
童謡なんだってところまで飛躍できなかった当時の
プロデューサーとしての力量不足をしみじみ感じたね
●今から考えると、大瀧さんのあの頃のスタンスって
いかに邦楽と洋楽のギャップを埋めるかっていうのがすごいあったじゃないですか
洋楽ファンなんだけどやっぱり邦楽としてのヒットパターン
を意識して大瀧さんやってたから
僕らは洋楽一辺倒だったでしょ、そのへんのギャップありましたよね
ちょうどクレージーとか、くれないホテルとか教えて
もらった時期だったあの当時を思い出すと
こっちはとにかくてめえが歌ってて気持ち良いの、なにしろ
いかに洋楽的で、歌謡曲の既成の主流といかに
差別化することそればっかり考えてたじゃないですか
だからどっちもどっちなんです
△君が出て来る5年前のわれわれがその世代
●とんがりまくってましたもんね
△ようやく分かりました、童謡だったんだ。だから子供番組
に使われたんじゃなくて最初から童謡だった物をね
これから良いんじゃない。プロデュースさせて

市川実和子もポンキッキーズに出ることになります。
ダウンタウンはゴールデンタイムに合う歌謡になりました。


●この間、大瀧さんがコンサートいらしていただいた時に
高田文夫さんがいっしょに

クリスマス前の中野か。

高田さんは大瀧さんといわゆるポン達だから。ほんとに良い人紹介していただいて
落語の話をちゃんとできる人いないでしょ
△音楽業界に非常に少ない
お会いして何が最初に聞きたかったっつーとトウナスヤ
セイダンの一番最後はどうなるのか
よく考えたら最後まで聞いたことないんですよ
みんな途中で終わるでしょ落として、あとオハツトウベイとかね長い話って
△最後の段やらない場合が多いからね
●「あれはずっと延々あるんだけど後半はつまらない。
大体やってるあすこのところが一番面白い」
△つまんなくって途中で止めるケースが多い
●本番前に第一声でそれ聞いたんですよ。

中野の楽屋?初日、府中じゃないでしょ。

そういうことを聞く人がいなかった
△ミュージシャンは別の物と思われた。周り見ても落語ファンが少ない
ミュージシャンはミュージシャンのグループ、落語家は
落語家、セクトに分かれてるからね
●最近はまたそうなってきましたよね、若い世代って
70年代は山下洋輔トリオとはっぴいえんどとシュガーベイブがいっしょに
以前だったら当たり前だったものが、特別化されて、珍しいねとか言われて
高田さんと同じ昭和23年で、どっかのところで道が分かれたんだよね
虎と猫がどっかの所で、一つ間違えたら僕が高田さんの方へ
行って、高田さんが僕の方へ来るようなことがあるんですよ
高田さんっていわゆる70年安保の政治の時代に
そういうのにいっさい目もくれないでひたすら寄席通いやってた
生きてる時の志ん生師匠を見てる
それがのちに放送作家になった時に芸は身を助けるというか
そういう意味では、人と違う道を歩んでた人は、
サブカルチャーだった人が長い年月でそれが強みになる
特殊技能と一般教養がくっついて、彼もそれがクロスオーバーしてるわけでしょ
△12歳くらいまではだいたいみんな同じように進んでる
野球見たり、相撲見たり、ラジオ聴いたり、浴びてる物は
だいたい同じなんだけどどっかから変わるんだよね。
そっちの方向に行くのはちょっとしたきっかけ

手土産の浅草キッド、好物も知ってます。

△あのさ、50になったでしょ、同窓会の誘いが来るわけですよ
ちょっと行けなかったんだけど、一番懐かしいのは中2と中3なんだよ
当時の人間が懐かしくないとは言わないけども、62,3年の
ポップスが一番自分にとって影響が強いので、曲があると
その背景にいろんな人物が出て来たりする
その時代の同窓会には一度出たことあるんだけど
●中学2,3年
△ビートルズ直前、あの時のポップスが自分にとって一番
そこがアメリカのポピュラーミュージックのピークだった
っていうのは認められる所
△結果的にね歴史的に見てみるとね
本当に次から次と新しいグループが新しい音楽をひっさげて
1ヶ月おきに出て来る時期は前後に無い
●作家の時代、曲の時代っていうかな、スターも大事だけど
それを作ってるプロジェクトが
△いまだにバスケット、フットボール、メジャーリーグの
背景で流れる音楽はたいてい62,3年から65,6年くらいのまで
の曲が延々と使われてる
●80年代90年代があんまり

●学校教育って、父親とか母親とかから言われたのは大学へ
行って勉強することも大事だが友達作ることも大事でそこで
社会出てから助け合う一生の友達作る所
僕大学入って3ヶ月くらいでドロップアウトしたんだけど
今から考えると今でも一番親しく付き合ってるのは中学の
友達なんですよ
その頃の方がいちばん感受性が膨れていくとば口じゃないですか
結局その時に音楽憶えたからそれが一生の仕事になった
一緒にバンドにやってた人は医者になったり、ある者は
服飾業界に行ったりある者は不動産鑑定士になったり
今もライヴも来てくれるし個人的な交流もある
その時代の音楽が、僕66,7年です
△その人に会うと背景に曲が流れてるし
●しかも彼らとそれを共有してる
△曲が流れてくるといろんな固有の思い出が毎回出て来る
それが自分の原点だから、毎回原点を確認しようということ
どこが原点なのか、っていうのは大きいような気がする
●大瀧さん50になっても14歳の時の原点っていうところが・・・

この時代のポップスを時系列に紹介して。

●僕7年ぶりのツアー、48本って生まれて初めてこんなまとまった数
多いと全国に散らばってる自分の友達がなぜか来るんですよ、楽屋に
20?30年ぶり?、全然顔だけ見ても分かんないんだけど
△部分的な同窓会ですよ
●そうですね、東京にいる時はそんなに行こうとも思わない
ですけれど一人だけポッと来ると1対1だからそれなりの話もできる
そういうところ感慨深く感じるようなだんだん年回りになってきた
△年回りになってきてる
●ジジイ臭い話してますけどね

リアルタイムで聞いてた時より共感できる年回りになってきてる。

●幸せな結末のあとだから今年は葉書が若い子が結構あるんですよ
釧路市イシダヒロコさん19歳
「何を質問していいやら迷ってしまいます。そこで今年のご予定は」
△ほんとに白紙なんだよね、自慢じゃないけど。パソコンに
どういうわけだかスケジュール表が入ってんだけど何にも
ない、きれいなもんだよ
無いもんだと思ってください、毎年同じこと言ってるけど
世の中の常識的な考えだと毎年同じこと言ってるような
気がしますけど、私は四半世紀付き合ってますからよく分かります
△一人だけでも理解者がいる内はね、同じこと言い続けようと
●一般的な尺度からしたら「いったい何をしているんだろう」
それ一応代弁しておかないと、世の中の誤解をその
△いいよ、解かなくても
大野城市ハトノナガフサさん
近年の大瀧さんの生計は主として何によって立てられているのでしょうか。
たしかに幸せな結末はヒットしましたし以前はロンバケの大ヒットもありましたが
この間10数年、それらの印税だけでやって行けるものなのでしょうか。
いろいろな企画等にも参画されているのも見聞はしますが
それらがあまりにお金になるような物とも思えません。
成長された子供さんを持つ一家の大黒柱であるご本人から
差し障りのない程度でその辺の所をお教えいただければ幸いです」

ここは元文まま忠実に。

これとっても正直なね、率直かつ・・・ね
△率直とか・・・税務署員にでもなったほうがいい、将来
●ここまで言わしめてしまうという、これが偽らざるあれですよ
△どうしてみんなそういうこと気になるんだろうかな
儲かるとか、儲からないとか、思いたい人は思ってればいい
●大瀧さんは、しし座流星群みたいなもんで
△しし座だしね俺
●ポッと行ってね、85度くらいドーンと上がってまた
85度でドーンと落ちてツチノコみたいにいなくなってね
△しし座流星群、あなたもう、星、ご存知の通り、あれ在るんだよね
地球がその時期に見えてるだけなんだよ、哲学的に教えて
あげるんだけども、俺は常に居るのよ
その時期におたくらが見えたってだけ、どないだ?
●見えない人は縁が無かった
△人ごみのなか歩いたってさ、全員知り合いになるもんじゃない
範囲ってものがある、一生には限界ってものがある

この視点、視野、真骨頂です。

●すべてTVだ、舞台俳優がいないと同じですもんね
△あまりにもTVが中心になりすぎ
でも、映画でさえ戦前の流行小説も、永遠にずっと良かった
ケースはまずないからね
どっかの所で変わるんじゃないかなと思ってるけど

変わりました。もう中心じゃないです。ある意味
ツイッター、週刊文春?


●ところで去年は市川実和子さんとアンアン小唄と
△2つやってるじゃないですか、立派なもんじゃないですか、仕事ありますよ
さほどの売り上げでもないのに生計をどうやって・・・いいよそこまで心配しなくても
●本当にあれになったら助けてくれるんでしょうかね、ありがたいですね
期待して、期待は失望の母
そもそもアンアン小唄を玉川カルテットがやるということになったのは?
△ビクターの田村Dという、長い付き合いの、小泉今日子の
担当で快盗ルビイをいっしょに
彼が独立をして回って来た仕事らしい
山田邦子の時も担当だったんですよ
まあ詞の手直しを手伝った、だけ
●だけ!いいねえ、ほんとに
△それもプロデュースの内ですよ、いろんなプロデュースの方法があってね
今プロデュースというと1から10まで全部やらなきゃならないと
誰かがそう名前利用したくて言ってるのかなんか知らないけどさ
端から一つじゃなきんだよ仕事の中身なんて
我々はっぴいえんどの時のプロデューサーは馬主さんの方ですからね
ちゃんとお金出した人だから、そういうことも十分あるんですよ
●タニマチだって立派なプロデュースですよ
△ラジオの番組をプロデュースしたって、「いったいどの辺まで関わって?」
いいじゃないの
●たくさん来てますヨ、そういうノ

潮騒のメモリーをプロデュース×辞退
天野春子が風立ちぬを歌う○対案
コンピ春子の部屋の監修△
この流れに絡んでたんではないか。

で、アンアン小唄は元々
△あそうか、アンアン小唄のテーマだったんだね
●いいじゃありませんか、のんびりやることにしたんです
△山田邦子のヴァージョンであ゛ん゛あ゛ん゛あ゛〜ん゛
いうコーラスを当時玉カルさんに頼んだ
●なるほどソニーボノがスペクターの曲を歌うような
△コーラスの人が本チャンを歌うという考え方だった
●元々はレッツオンドアゲンに
△そのまた大元があってね、あれ山形かえる子さんがオリジナルじゃない
キングのヒダカなんとかさんていう女性歌手、デビューする前に引退しちゃった
バレンタインブルーをやる前に友人だったところの中田佳彦君
細野、中田、大瀧という日曜日にレコードを聴く会の3人がいまして
彼がディレクターになって、で、彼女のそれが回って来て
細野さんに相談したら「”デジタル演歌”というのはどうだ」
●78年の話でしょ、早いですね
△そうだよ、そりゃ早いよ。あの人はコピーの天才だから
それで矢野誠さんに頼んだんですよ、アレンジでAB面
●音あるんですか
△キングから買い取った。ずいぶん前に買ったんだけど、
まだオンエアしたことない
●一度も日の目を見てない、来年ですね
△昔ゴーゴーナイアガラでかけたんだったか
●僕その話初めて聞いた
△レッツオンドアゲンがカヴァーでその前にさらに
オリジナルがある、それ行けスマート的な
●その女性歌手はいわゆる演歌、どなたかの弟子
△美空ひばり的な歌唱法だったんです、名前だけしか憶えてない、会ったことない
●そこまで関知してない
△レコーディングは中田君と矢野さんにまかせて、僕はメロディー作っただけ
オケはオリジナルヴァージョンのほうがいい出来、それで
レッツオンドアゲンでも矢野さんにキーボード頼んだ
アンアン小唄もずいぶん長長と、1回もヒットしてないけど
●すごいですね4度目のカヴァーですよ
不思議な人ですね、カヴァーの多さ

https://www.youtube.com/watch?v=-h7seb4ffFc
老婆心ながら玉川カルテットのテーマを、これ在りき 6:20〜
ゴーゴーナイアガラ(76.12.28で小唄にチョイはまってます。
ホルモン小唄の時期です。


△今どき出さないよ、小唄出さないよ
小唄ってタイトル自体がジャンルに無いでしょ、音頭もたまにあるか
ブルースもそろそろ無くなって、流行り廃りはあるわけだからさ当然

ポップス伝2の第3夜でジャンル当てクイズがあります。
nihonpopsden2.pdf

●踊ろうぜ、ダンスだっとか言っても「なんとかブギ」も無いですもんね
△スモーキングブギか、ハイティーンブギ
●アメリカでもステップが無くなってるんですもんね
ハッスルとかバンプとかそういう物がない
△60年代のダンスってコミカルだったよね、馬のマネするとかさ動物シリーズ
●モンキーとかね
△競馬のCMなんかもホースの歌でやるとか、馬のマネで踊るとか

●あのう、大瀧さん、競馬なさらないんですか、僕もぜんぜんしないんですけどね
僕のドラムのローディーが中山記念をこの間初めて買ったら当たっちゃって
2000円買ったら、8万円。それで部屋代払ったって
△部屋代払ったっていうオチが良いね!
ブタ監の博嗣に電話かけてきて「どこで替えればいいんですか」
「そりゃあもちろん銀行いって、宝くじ売ってる銀行の
あすこで上見るとJRAって窓口あるからそこへ行け」
それすっかり信用して銀行の窓口に馬券出して替えてくれっつった
ら、みんなに笑われて
パチパチ
△オチが良い。ひろし〜
ひろしがそれ言ったわけ?相変わらずひどい奴だなあ、顔に出てるけど





小噺、出来てる。


●大元を聴いてみたいな、来年だな
△無料サービスは去年で終わりなんだ
●今年からどうなるんですか
△有料、1回いくら
もう仏の大瀧は去年で終わり
●具体的にどうすんですか
△なんかのボックスとかそういうのに入れようかと
●もう只じゃ聴かせない
△只なんかじゃ
あのねつくづく思ったんだけど、基本的に大事な事とか一般性のある物は
ラジオでよくやるのはパブリックドメインという思想の下に考えてるわけ
だけどさ水とか空気とかあれもパブリックドメインだと考えてんの
水はお金払うからみんなある程度大事に使うけど、空気は只だとなると
ありがたみが分かんないんだよ、みんな
それが日常的になってくると、だんだん広く自由の限界が広がっていくの
理想は分かるけどやっぱりまずいんだ
そこに経済行為を入れてある種の代償を払うことによって
大事にする心を養っていかなきゃだめだと考えた
●課金をすると
△五十になってね、仏の大瀧は去年で終わりだ
●それほどサービスしてたとは思えないけどな
△なんだよ、あれでも十分サービスのつもりだったんだけど
●いちおう既発だったらいいと
△まあね。揮発性のもんだから

全国の図書館に置いておくべき物と、然るべき資格審査を
要する物と、大瀧さんの作品は2通りありますね。

山形かえる子 アンアン小唄

●思い出しましたよ。ハイ、ジャンケンポンていうの僕がやってんですよ
△アンアンアンってちゃんと君の声、入ってるじゃない
●芸の幅が広くなったのはひとえに大瀧さんのおかげだね

間違いなく達郎さんも芸人の資質があります。これも2週目で。

△まったくまったく
●これと禁煙音頭の煙が目に染みる
最初にあれで歌って、良い曲だなって思った、そこから始まってるんだ
△今にして思えば一番のレパートリーじゃないのよ
最後の方にはいないんだけど、出だしの方のアイディア段階
では必要な人間なんだよ私って

構想段階。メロディーは作らなくても「天野春子が風立ち
ぬ」のアイディアは出します。
達郎さんが94年、砂の女を歌った時、次のドリーミング
ガール、いつか晴れた日、硝子の少年での松本隆との
共同制作をサジェストしたのは大瀧さんだったと思って
ます。
(1995 2週目)

今日終わるとちょうど明日からNHKでポップス伝の2を放送するんですけど
明治からまた1を踏襲しつつ戦後の方まで、1と2でようやく総論がね
みんなね総論は分かったと、俺は個々のを聞きたいんだと、
個々のをやりたいのはやまやまなんだよ。なんだけど総論を
やっとかないと
ようやくこれが終わって各論に入れるんだけれども
自慢じゃないんだけど、今回のあれは自分のアルバム、以上の物なんだよ
●自分のアルバム以上の(笑)
音楽活動がアルバム作りやシングル制作だけに集約される
っていうのは非常に偏った考え方だと思ってるわけ
音楽ってそんなに狭義な物じゃない、ものすごく広義な物なんだよ
あれが俺のニューアルバムなんだと、どうせ分かってくれ
ないだろうと端から思ってるけど
だったらそれを創作活動でやればいいじゃない、お前の解説はもう聞き飽きた
音楽活動にしてこそミュージシャンじゃないかってみんな言うと思うけど
やったのがレッツオンドアゲンだよ、やったんだよ20年も前に
レッツオンドアゲンはいつもの御託並べてるやつの音楽活動だったんだけど
才能が至らずにあの程度にしかならなかった、難しいんだよ
その中のワンオヴゼムだよ
●前後に無いですから、唯一無比であすこで屹立してますから
△あすこで終わる予定だったんだよ
ようやく分母分子論から普動説、今度のラジオ番組はあれの解説なんだけどさ
またあれを創作活動してもせいぜいレッツオンドアゲン止まりなんだ、
あれ以上のもんもできやしないんだよ
だから放送を。あれが俺のニューアルバムなんだ
ニューアルバム以上だよ、あれ以上の物はないんだ
これからもし3,4やって、それはお金取らない
パブリックドメインなんだから、まあいいから御託聞いてよ只なんだからさ
●なかなか、またこの1年で理論をさらにまた構築してきましたね
△どないだ


歌うたい大滝詠一の遺産にばかりたかってる者どもは、
もう一度この言葉を噛みしめるべきです。本人が
ニューアルバム以上と自負した新作を聞き返してみましょうよ。



2週目 1/10

福岡、去年の春の伝説ライヴ
生まれて初めてNHKホール、どんなホールか楽しみ

●去年より頬っぺたがふくよかになりましたね
△これ前に言ったっけかな、ベルトの穴の話、ラジオでしてないか
やるぞって決めると必ず3個くらい中に入る
●やせるわけ、まわし締める・・・
△むりやりじゃなくて、だんだん1個ずつ減って行く
去年も3個内側に入った
でね、やらないと決めると戻るんだ
●ばかだーなー

そういえば達郎さんは体型まったく変わんないですね。

●去年は幸せな結末の直後でしたもんね
△もう1年経った、ずっと前のような気がする、無かった事のような、何だったのか
●今年の大瀧さんは本来の僕が知ってる大瀧さんの顔に
去年はすごくこけてて体具合悪いのかなって
△入り込んでたからね、ああいうのはよくないね
芸事の世界で一般的な事も大瀧さんもそうなんだって分かりました
人には俺ゃそんなもん大してやってねえんだって顔しつつ
やっぱりすごく入り込んでやってた
△去年も言ってるし前から言ってるけど
歌うってことは前面に立つ事でしょう、否が応でも
コンサートやらなくてもTVに出なくても歌うってこと自体が矢面立つ事だから
表に立つ事と裏方とまるっきり裏表なんだ、磁場の反転、ぜんぜん違うんだ
表に出て行くときに裏の顔で出て行くと絶対失敗する
で表の顔で裏やっても失敗する、テンション高すぎて
ハレと気の行き方って黄泉の国から現世出て来るとか
一旦あっちのクニ行ってたんです、行かないと出来ないんだって
●やっぱり歌うたいとしての情念
△やるからにはね、矢面立ってやんなきゃいけない時は
やらなきゃ失礼なんだよね
出す限りは。どないだっか
●なかなか含蓄のあるお言葉
いつもの大瀧さんの顔に戻って
優しい、平穏な
おやじの・・・

コンサートやらなくてTVに出ない、オリコン2位の裏方歌手。greeeenの先駆です。

●市川実和子さんの
幸せな結末と同じプロジェクト
△彼女がポスターに使われてた所で、まあ後日談のような
もんですね。打ち上げのような
●大瀧さんが自分で編曲してリズムセクション録ったやつ
では初めてカラオケがCDに入ったんじゃないですか
△純カラじゃない。テイクはいっしょですがミックスが違う
このカラオケ良いんです、っていうのもちょっと問題ありますが評判が良い
純カラじゃないから、ね、これがこのしぶといところ
なんだよ、どないだっか
△●左が茂で真ん中が徳ちゃんで右が村松

△●ハモってるんです。

●楽器の編成は抜いてるとかじゃなくて
△1個だけ、オリジナルにはアコースティックが入ってない
カラオケはアコースティック、フィーチャー、うん

●これは初めてのナイアガラのオケの
△以前アナログではね
あなたが歌うナイアガラ音頭をAB面でカラオケを出して
手を抜いたと非難されましたからね
なんでカラオケつけないのか、おれは最初から付けてる
76年に
みんなに文句言われて、君じゃないけどトラウマだよ
トラウマ

45RPM VOXまだ入手してません。

●この曲は久しぶりに僕の中での大瀧さんのイメージ
ナイアガラムーンと何も変わってない
だから朝妻さんが「この勢いで自分のアルバム作ればいいんだ」
△勢いで作ってるんじゃないんだ俺は
勢いなんかでやるのは素人の内
●輪ゴム鉄砲じゃないんだ

録っても出さない、97リハビリセッションのサウンドは
ポップスターに直結してます。勢い、ありますよね、実際。

●だからどう言ったら作ってもらえるんだろうってみんな
△もらえるとかいうもんじゃないでしょ、いいじゃないのよ
●だってビジネスからんでるんだもん
△向こうはね、俺は何もからんでないんだもん
●いいよね
△なんでー、もう飽きたよ、くたびれたよ

98年語ったこと、列車最後尾の実験室ですね。

●だけど曲を書く意思はあるじゃないですか
△頼まれればね
つくづく思ったけど頼まれないとできないんだよね
●それはそうですよね、ただ3曲書けって言ってもだめですよ
△去年なんでポッてやったかって頼まれたからじゃない
その間なんでって、頼みに来ないからだよ
自慢じゃないけど誰も頼んで来ないね
●説得力があるな
△で、頼まれないと出来ないし、頼まれても出来ないこともあるでしょ
●ましてや
△況んや、をや、だよ

大家になると注文が殺到して、じゃんじゃん書いてる人いるから
でも評論家なんかは集中すると
大きく言うと一極集中の是非、遷都論、云々

(うんぬんデス)

△そう言いながらも集中は何一つ変わらない
集中を排除しようと隔月とか間をおいてると、何でやらないんだ?って
分かんないんだよな、どないでっか

大家が、実力者がグループ作って市場を独占する原理です。
格差社会がデンデン...

●作家的衝動は風呂入って「さあ作るぞっ」て出来るわけない
みんな、無から有を産むような霊感だって思ってますよ
やっぱりコマーシャルを形にしようとか
アイドルがいてこの人の新曲をとか、女の子が歌う
ヒット曲とか
具体性がひとかけらでも無い作曲なんてないんですよ
すべての創作の衝動ってそうじゃないですか
それがすごく芸術か・・・
△芸術って物を明治の時に輸入して捉え方が堅苦しい
百何十年間ずーっとそのまんまなんだ
いいかげん呪縛から逃れようってことをやるために
分母分子論から普動説からあれだけ語ってるんだけどさ
がんじがらめなんだよ

欧米の水準まで高めようと目標にして、させようとしてしまうんですね。

毎年1枚アルバムを作ってツアーをやってポップミュージックの一番すごい形
△そうなったのもここ十何年だよ
シングルヒット曲のある人しかアルバムが出なかった、
モビーグレープ、ドアーズがLPデビューしたアルバムの
時代になってまだそれから何年
それが定型化したこと自体が考えるべき事
●昔からあったと思うじゃないですか
アナログ盤があった事がもう分からない時代に
△いいんだよ、分かんなくって

ヴィンテージ的に嗜む時代になって来ました。


手紙が
タガジョウ市サトウマサルさん
一昨年でしたかファンの方から「ナイアガラグッズは何か
ないのか」との質問に
期待するのではなく自分で出来ることは自分でやりなさい」
それで私はステッカーを作りました(本業はシール印刷)

97年。「あとは各自で」の初出でしたっけ。
そういえば、パブリックドメインの水と空気は、
「いつまでもあると思うな」との提言ですね。

松本市アオキヨウコさん
昔聴いていた大瀧様の曲を聴くようになりました
私の中で何かが弾けてしまいました、
1曲1曲じっくり味わいながら楽しんだり苦しんだりしています
●イクラ丼じゃない

大和市クモリゾラさん
10の質問があります。茶化さずに真面目に答えてください
●もう果し合いだね
アラキマタエモン、イチジョウジサガリマツ・・・
2:作曲する時なにか楽器を使うんですか
△基本的に最初は無しなんです。構想からだから、何も無しです
構想のみでたいてい企画倒れっていつも言われてる

構想の過程が重要で、作曲の大半が構想の時間、従って楽器は無し。
True love never runs smoothが発展して行くような。
従って途中で中断した作曲は山のようにあるのか。
すなわち、アイディア段階=企画倒れ。

3:空飛ぶくじらは
●なんでクラリネットにした
△ジミーロジャース聴いてた、朝寝坊でヨーデルを
そういえば、空色のくれよんを日比谷野音でやった時
「よぉ、ウィリー沖山!」って声がかかった
●それはセンス良いな
△君のとこでもいろいろ声かかるよね

いろいろ聞いたのは今回と、その前は94年の中野

●ろくなこと言われない、オジサンですもん、ウケ狙って
△一升瓶持って来たり
だけどファースト出した頃はカントリーとかジャージーな
物とかスタイル的に好奇心があったんですか
△ポップス聴いてきてまだ聴いてなかった物だった
ドンギブソン、ジョニーティロットソンとか
ポップカントリーはいっぱいあったんだけど
本物のカントリーは聴いてなかった
ハンクウィリアムスからジミーロジャースまで行って
エイカ―ビルクなんだけどね

アメリカンポップス伝3第1夜でカントリーからポップ
カントリーへの契機をやります。


●素朴な疑問なんですけど大瀧さん、カヴァーのレコード
って出さなかったね、ついに
ストリングスをバックに例えばカントリーの曲やるとか、どうしてなんですか?
△オリジナルアルバムとしてはね
向いてない、なんかだめだね。番組でやるとかステージでやるとかなら

ほら、97リハビリセッションは出す気がないでしょ。

△そうそう、君のメドレーはもう円熟に達してる
あそこに一番自分なりの主張や主義も入ってるし
娯楽性も入ってるしコンサートの一番の楽しみな部分

同感です。ラスカルズ、フランキーヴァリ、ロイオービソン、岡林…

けっきょく歳取ったせいか歌っててつまんない曲やってもしょうがない
聴いて面白い曲と、歌って面白い曲があるんですよね
自分のオリジナルであれ聴きたいと言われても
ちっとも歌って面白くない奴があってね
4分5分自分が苦しいだけで終わるのやだから
△君の場合オンストがあるけれども、今どきコンサートの
中でカバーやることが少ないっていうこと自体がおかしいよ
オリジナルオリジナルって聞こえはいいけど
それビジネス優先しすぎだよ、よしなよ
音楽はもうちょっと広く楽しむもんだと思うけどなあ
●自分史すらもプロモーション
いま若い女の子に一生懸命教えて言わせるんですよ
ジャニス聴いてだとか、20代30代の子供がジャニス
ジョプリンなわけがないじゃないですか
△ないよ、だってあれ70年代しか意味ないんだから
●どうしてオフコースだとか永ちゃんだとか素直に言えない
の、それでいいじゃないか

ゴーゴーナイアガラ#91#92で日本のニューミュージックを
やってますが、両者はかかりません。ジョニー大倉はかけた?!

△俺らだってみんなビートルズ、嘘つけって。
橋幸夫、舟木一夫聴いてたじゃないの、なんでそれがいけないんだ

2010年のアメ女、1986年のベストテンとともに、三世代の
アイドルを描いたあまちゃんで、1964年代表が橋幸夫でした。
夏ばっぱと大瀧さんは同世代、同郷だった。

●僕、三波春夫さんがほんとに良いと思ったんだもの
△うん、どう聴いてもそうだもん
●それまたあとで・・・メモ書いとこう

質問がまだ続くんです
4:福生スタジオへのミュージシャンの通勤は、駐車場は
5:食事、風呂、寝場所は
△どうすんの、聞いて分かってどうするの
●駐車場の業者でもやろうって言うのか
△君、電車の時があって、今日は具合が悪いって立川で引き返した
●その時、特別快速乗ってる時にだんだん熱出てきてね、よく憶えてるな

福生ストラットのライヴで青梅線の駅名歌うのがありました。

6:FUN×4のエンディング
△お手を拝借、アンコールの1回目は俺
ご存知の通り偶然だから、ナイアガラ音頭もココナツ
ホリデーもみんな一発録りだから
でも、お手を拝借って言ってんだからある程度意図的って
言われればそれまでだな
ダビングだからヘッドフォンで聴いて、現場ではみんなで
拍手だけ、異様なわけだよね
●まあしかし大瀧さんはほんとにそれが好きだよね
△基本は日本の歌は手拍子と独唱だと
●最後に騒ぐという、それがないアルバムって1枚もないでしょう
△福生ストラットの出だしに大声出してるの君なんだから
みんな固いんだよ、シーンとするからなんか笑わそうと
思って
そのタイミングでポーンと始める、そこで「じゃ行きます」とか言わないんだな
まあ長い間のレコーディングテクニックの一つ
●あすこでみんな本性出ますよね。ソングスのシュガーの後ろの
10人以上いましたかね。ウッて奴とか、あーっって奴や、ノリがね
なんで布谷さんがユルシテーナユルシテーナなのか
△細かい芸をするような人じゃないんだけど、ときどき
今度ああいうこと言ってやろうと思ってるらしいよ
●計画して来てるんだ、確信犯なんだ、変な人だなあ
△俺より変わってるよ
●まだ先もレコーディングやる時も絶対ありますね、今度の
実和子さんのアルバムでも

なかったみたいですが、鈴木慶一がイナナイてます。

△奇声ってのが好きだななんか、ストレンジボイスとかクワイアーとか
向こうであるんだよね、最初から最後までウォーっていってる歌が
2分ぐらい経ってくるとほんとにおかしいんだよ

2001年にかかります。

ああいうバカげたレコード、評価してくんないんだよなあ
●黒沢君がやってる名盤解放同盟に死ぬほど入ってるじゃない、その手が
今度そういうの持って来ましょうよ

湯浅君?

△今年ぐらいからまた洋楽に戻そうかなって思ってたんです

ナイアガラ以降の山下作品の中で好きな曲を3曲上げてください
△ライドオンタイム、クリスマスイブと・・・
●珍しいな
・・・うーん、ヘロンかな

CE7。雨のマルセイユの出だしがこれに聴こえるんですが。

△あのね、クリスマスイブはね、東京五輪音頭なんだよ
●??(笑)ちょっと待って(笑)東京五輪音頭ォ(笑)
ウン、はい
△次待たるるは、世界の国からこんにちは、なんだよ
そういう公共性、あるいは「皆さんいかがでしょうか」
という意味合いの三波春夫との共通項もある
●ありますね。それは絶対
△一見個的に見えるようなテーマでも幅広いっていう意味合いからいくと
クリスマスイブは東京五輪音頭
今回つくづくそう思ったよ

https://www.youtube.com/watch?v=3_3pQf4Gewo
https://www.youtube.com/watch?v=5f1ekoSYGnI

年中行事の国民的テーマソング。国際的エキシヴィジョンのテーマソングは...
リオのパラリンピック閉会式で、東京は夜の7時が使われました。

●だけど、聴衆に奉仕するってスタンスは絶対に三波春夫
さんがいなかったら僕に無いです
あの人はあくなき奉仕の精神、お客様は神様です、
って、平気で言ってのける
あれは自信がなかったらできない、逆に
あれはあの人がいなかったら無いでしょうね
△あれはエンターテインの本質、戦前から浪曲なり芸能の
基本だからね。それを

(〜山下達郎が〜)

見事に脈々とそこを受け継いだってことなんだよ
●日本のロックってそれのアンチテーゼ、客に媚び売らない
△70年代はね

10年代のサーヴィス業の端くれとして。過剰なサーヴィスはオプションだと。
二度と来んなという良識のない客もいるし、教養のない客が
無理を強要して宅配便が立ち行かなくなってるんです。
「お客様、たいへん恐縮ですがそれ以上は有料です、課金させて...」


●高田文夫さんの路線で先に上岡龍太郎さんがいらっしゃって
この間フェスティバルホールに観にいらっしゃって
昔から知り合いの桂雀々さんが呼んで来てくださった
んですけどその伏線っていうのが
上岡さんが「山下達郎ってのは浪曲の節がある」
△浪曲なんだって見抜いたんだから、やっぱり芸能事を
極めている人って分かるんだね
●珍しい人ですね、それを大瀧さんに聞いたってのがまたね
△知らないわけですよ彼は、僕とあなたの関係を、
●あーそう、へえ
△知らずに切り出したの
どういう話の流れだったかポンと出た
「誰も信じてへんのですけど」
て言われて
「いや、そうなんですよ」
「やっぱりそうですか!」パンとひざ打って「ほら!」
長年のつかえが取れたみたいに言ってましたよ
上岡龍太郎さんが観に来る時代になったのか感慨無量な
ものがありました、浪花節のからみで



浪花節は知識がないんですが、探偵ナイトスクープのあの
前口上、あの名調子は浪花節の系統なのかなと感じます。


△前から言ってるとおり、いろんな所に行ってるんです
講談が野球中継に行ったりとか
講談が無くなった、浪曲が無くなったって言ってるんだけど
中身の精神が違う形を借りる場合と
形を維持しようと思うと歌舞伎や能や伝統芸能という事になって
形を維持するのか精神を維持するのか、二つの問題があって
無くなった物は、以前にすごい大衆に愛された物は、
実は脈々と形を変えて次に行ってるんだけど分かりにくい
みんなやっぱり形に惑わされて中身が見えない

その中に三波春夫だけじゃなくてラスカルズ、イタリアの
流れがあるわけですよ、君の場合ね
僕の場合はエルヴィスと、片岡千恵蔵と柳亭痴楽なんだ、どういうわけだか
この3つ合わせると僕になる

形の継承が、でしょう。精神の継承は、堀内敬三。
クリスマスイブ→東京五輪音頭です。


●歳取ったせいか、だんだんだんだん20とか21ぐらい
の時に大瀧さんに教えてもらった事が有機的に絡んで
来ますね
△あなたは前から持ってましたよ
70年代は出さないように出さないようにというような時代だったから
だって本来ロックンロールと落語なんてまったく関係ない
物として自分の中にあった
ステージのMCなんて話芸でしかないって分かってくるのはほんとに30過ぎてから
ロックという神聖なね、洋楽から来たものを構築するために
ファクターであるはずがない
△自分は気づかなかっただけで、やってるんですよ。結果は同じだったんです
●昔やってた事は無駄が多いって気づく時にはいい歳に
なって、ああ惜しいことしたな
△どうもそれが人生らしい
墓に布団持ってく・・・

気づきこそが人生、ナイアガラ道。
新発見ではなく残念ながら、再認識の再認識、再認識の反復です。
終わりと始まりの無限軌道。永久機関です。


●やっぱりご時世なんですけどリクエストも結局裏技が欲しい
大瀧さんが全部課金するって言いましたけど

ラストダンスはヘイジュードの大瀧ヴァージョン
△ないね
ポップスターの大瀧ヴァージョン
△ない、あるけどない
●あるけどないってやつでしょ
△今までフリーでパブリックドメインでやってたから
●これからフリーじゃないそうです
△課金する。家計助けて

一家の大黒柱ですから。

●具体的に本当にやるんですか、別ヴァージョン・シリーズ
△だから、まとめてね、ボックス
●ボックスどうすんですか
△出るっしょ
●出るんですか
△いつか出るでしょ、2001年には出るでしょ
●ナイアガラの旅ですね
△そうそう、新作と同時に出るでしょ、その時入れますから
●ブラックブックとかはどうすんですか
△出ますよ、出てないの?あ、そうなの
この頃ぜんぜんそっちの方は気にしてない
でも聴こうと思えば聴けるでしょ
ただ高い金出して買うことないですよ
僕に1円も入って来ませんから、これから課金するから

そうは言っても、レプリカよりは本物がほしい。アナログ盤
は現在再生できる環境にないし、聴いても大きな違いが
分からないなら、本物のプロモ盤に数万円出したい。
そうは言っても貧乏なんで、関係者から貰えるような
「縁」が欲しいです。

●いっそのことブラックブックもぜんぶ出しゃいいのに
△ついでにと思って
●2001年にすべて、モノリスですね
△2001年に向けて、それがまだ最後だと思って
●あと2年ですよ
△ついに。やるから
●2001年ナイアガラの旅は本当に出るんでしょうか
△仮題って書いてあったからね
●期待は・・・
△出ますよ

2014年のCD BOOKUが大瀧さんの考えを形にした物ですね。

●夏バテはリイシューしないんですか、あれってボーナストラックとかあるんですか
△ベストオヴ布谷文夫、ポリドールから出ます、今世紀中に
よく考えたけどね、21世紀向けじゃない。20世紀中に出した方がいいな

2012年、大瀧さんは布谷さんを見送ることになります。

●あれもしかしあの一瞬を切り取ってバっと作れた奴
ですね、前にも後にもあんなの何も
△歴史的に何の意義があったのかようやく分かったんだ
これは深い。深いから私のラジオ番組聞いて
番組の時間が無くてそこまで行けなかったんだけど
夏バテなりナイアガラ音頭が何だったのかがようやく分かったよ

聞け、ってことですね。宿題か。


作ってから20年して分かるってことが世の中にはあるんだよ
作ってみるものだね
今もね、分かるようなことはあんまりやりたくない
何なんだろうなっていうことならなんかやれそうな気がする

https://web.archive.org/web/ 19970222102027/http://www. fussa45.com/
garakuta/index. html

Splash 2:新春放談97(1997.1.12)

なんで築地の古地図みてるんだろうってことです。



3週目 1/17

パッとラジオをつけた方には何を言ってるか全然わからない
今年は特にカットを少なくして素のまま
しょっちゅうじゃないかと言われれば身も蓋もないんですが

●今、僕 history of japanese rock 時間が無くて相手が大き
すぎてヒーヒー言ってやってます

筒美京平30thボックスでは歌謡曲論を寄稿しています。

△息子が聞いてるんだけどさ、高田渡がかかったんで別の
番組って思ったらしいよ
今日やってないんだって他まわしたらしいよ
●よくよく考えたら大瀧さんってURC ベルウッド、エレック
全部に関わってるただ一人の人でしょ
△I was a one ただ一人の男
それでナイアガラだからさ、言ったじゃないの、俺は端から
インディーズなんだよ
●だよね
大瀧さんもそうだし細野さんもそうだし、たくさんプロジェ
クトがあるけど
メジャーなレベルでは誰も真面目にこれが売れると考えて
なかった
ほんとに考えてたらあんなやり方しませんもの
△しないね。自分たちで見つけようという前人未到の茨の
道だった
●少し遊ばせてやってる。ま、どうせ2、3年遊んでなんか
あれしろ
△10年間言われてたからね、俺
●だけど、今のサブカルチャーの方がもっとサブでしょ、
わけの分かんないすごいのありますからね、それがタワ
レコでチャートで上あがってるんですよ

暴力温泉芸者。メロディックでなければリズミックでも
ない。温泉芸者というキャラはアンアン小唄のオマージュ
と見ればアヴァンギャルドなサブカルチャーの系統です。
あ、牧村憲一。

●20年前のサブカルチャーと言われた物なんてまともも
まとも超まともで
だからその時の主流と違ってるっていうだけで言われたでしょ
そう考えたらなんで20年前にあのレコード会社がもうちょっとね
それだけの期間と枚数契約したんだからもうちょっとやり方
ほかになかったのかな、今から考えると
△無理だったんじゃない
あれは実験作だから
あれがもし100万売れるんだったらかえってやれないよね
あれが1000枚とかさ、それでいいんだよ
そういうもんじゃないかと思ってるけどな、そろそろ

今回日の目を見たプロモシングルは何枚業界に配られ、
いったい何度オンエアされたんでしょう。

●自分のいたのはRVCはビクターとRCAの合弁会社
僕らのRVLの8000番台の在庫調査すると返品率が異常に
少な
グロスが少ないけど歌謡曲はやっぱりゲタ履かせっから健全
在庫なわけ
△純益が高い
強化しようという事でロックをニューミュージックとして
やり始めた
桑名君や越美晴、竹内まりやがだんだんヒットして全体的な
底上げができた
△やっぱり上げ底をやってるといつかは破綻するんだよ
●あの頃は今みたいなむちゃくちゃなオーダーつけないから
そういう意味ではナイアガラも返品率なんてほとんどゼロに近い
△中古であれだけ売れてんだからさ、ほぼ皆無と言ってもいい

だからと言ってリプロが売れると思ったら大間違い。

あの音楽はああいうもんだったんじゃないかな
あったのかな、なかったのかな、って終わるのがいいところ
君は君でいるわけだから
ある種の精神はそこに受け継がれてるわけだから
これでバトンタッチして渡したってことで、もう世代的に
いいんじゃないですかねえ

精神も表層的にもサウンドを継承して行って欲しい。

●大瀧さんは歌が上手いから、歌を聴きたいというのは
みんなあるよね
△俺は戦前で言えば堀内敬三だと自分で思ってる
堀内敬三さん、自分で歌わなかったら楽だったと思うな
だからさっきに戻るんだけどさ、
なんか歌ってもんだけみんな特別に思ってるから
とりあえず歌うとそれなりの物らしいんだけど
どうしてもそっちから来るから
何で歌うたいが、歌うたいの割には理屈言うな、とかさ

ゴーゴーナイアガラの日本のニューミュージックシーン
#91#92で、サウンドが同種のおもに細野さんがらみ
の人たちを特集しましたが、「歌手」という点ではみんな
魅力が弱いんですね。
その意味では、何と言おうが主流はオフコースや永ちゃん
であって、80年代に売れるのも結局、大瀧、達郎、南佳孝
のような人たちでした。

じゃ大瀧さんは自分が歌うという行為に関して自分の
中でプライオリティがないの
△うーん、はっぴいえんどで終わってるんだと思う
●はっぴいえんどの歌って大瀧さんの歌であって、ない
△俺のもんじゃないね
●恣意性が高いっていうか
△バンドのヴォーカリストだから固有の物じゃないから
だけどちょうど自分としては歌うたいとしては一番声が
出てた時期
だからそことずれてるんだ、常にずれずれの状態で来て
るんだよね
今だから十何年あってやれてるのも君のおかげだよ
継続してるような感じに見せてくれていたっていう所が
ポイントなんだと思うよ

アーティスト大滝詠一が存在し続けた、ような感じに...

●やっぱり毎年同じことを言ってますけど
ナイアガラのファンで既成の概念が破壊された人はみんな
業界に入って来るんですからね
今活動してる30代のTVディレクターとかプロデューサー
とかラジオの放送作家とかそういう人たちがナイアガラ
で育ってるから今でも大瀧さんはあれなんです
それは紛うことなき事実ですから

教祖、いえいえ御神体です。居なくても在るんです。

△だってさ、この番組なんて業界向けなんだから
一般の人が聞いてもなんにも分からないんだから
俺が放送やる時は業界に向けにしかやってないよ
例えばインターネットで対談する時だって
そこにさ、一般の人が同次元で入って来てもらっちゃ困る
のよ、はっきり言って
●排他的!浅草の天ぷら屋だな、これほんとに
△そこで何がしかそう思って何だと、俺が、と言うんだった
ら入って来て欲しい

入れて欲しい。これからでも。


●エレック、ベルウッド、URCの話に
△図らずもだよ、好きで渡り歩いたわけじゃないんだよ
かといって、コロムビア、ビクターの新人オーディションで
歌手になりたい、って事とまるで逆なんだもんね
●あの時代だけでしたよね、上がピックアップしたんじゃ
なくて下から出て来たのって
△物の始まる所ってそういうもんだよね

日本ポップス伝2を聞けば分かる。



●ベルウッドの設立第1弾って赤色エレジーだってね、
それがめちゃくちゃ売れたんでしょ
△大ヒット。かくし芸出たんだよ、あがた森魚ゲタ履いて
●見ましたよ
△ベルウッドの直前が恋の汽車ポッポなんだよ、キング・
レーベルの最後から何番目か
はっぴいえんどのシングルもキング、あれの時はまだ
無かったんですね
ほんとか嘘か知らないけどさ、三浦光紀がベルウッドにする
か、汽車ポッポレーベルにするか最後まで迷ったとかって
言ってたけどね
気分的にははっぴいえんどの12月のあたりからベルウッド
的なもんではあったんだろうね
空飛ぶくじらはもうベルウッド

●そもそもなんではっぴいえんどはURCだったの
△そこしか声かけてくれなかったんでしょ
小倉エイジが細野亭と僕と二人でチェルシーモーニングを
歌った時に歩道橋の所で声かけて、どっかと契約してる
のか
●どこの
△目黒の、目黒区民会館かどっかだったんだよね、横断
歩道の所で、君たちって

代々木だそうです。
ヒダカなんとかさんは小高恵子
ナイアガラ音頭は76年。今回は記憶違いが多いですね。

彼がURC のなんかやってた当時
高石音楽事務所、高石ともやさんの。はっぴいえんども
関西だと思われてた
●そうですよね、岡林さんといっしょにやってたし
△他に誰も声かけてくれないし、たぶん持ってってもダメ
でしょう
シュガーベイブの時だって、ナイアガラムーンの時だって、
●たしかに
△CMスペシャルだって
●たしかに
△他の会社、うーんってみんな唸ってたんだもの、考え
られないだろ今の人
●たしかにね、その5年前なんて推して知るべしでね

●はっぴいえんどの出た当時って、そうやって日本語で
R&Rやろうって人いなかったじゃないですか
なんで、ああいう形でやろうと全員意思統一して始めた
んですか、目的意識あって
△意思統一した、3人で
日本語のロックっていうのはある種の言いがかりで、
ちょっとした思いつきなだけで
いまだに拘ってる奴いるけどどうでもいいんだよ
ただ、ロックは英語圏の物だから英語でやるのが当然だ、
って事に反抗しただけの話、単純に
というよりも、それを日本語でやったらおもしろい
んじゃないかって単なるアイディア
そういうような事は前々からあったんだけど
いつも言ってるけど
唱歌にしろ何にしろ外国曲に日本語乗せるなんて長い間
の伝統があるわけだから
●和訳ポップスも
それからオリジナルの方に生かして行くっていうのも
山のようにある
長い間の伝統的なやり方の一つでしかなかった
とにかく風潮としては英語でやって世界に出て行く人とか
がいたから
まさに明治の時といっしょだったんだよ
あの時は日本語を捨てて英語にするって議論が文部省で
真面目に語られたんだから
ローマ字にしようって運動もあったし、ローマ字で書いた
小説家もいたし、その都度あった
読まない割りにそういう知識だけはあるんだ
あの頃はあの頃であっちの派閥の方が主流、大きな
動きだったんで、じゃあ、その中で日本語でって
前に何度も言ってるけど
俺と細野さんは、そういう考え無かったんだよね
エイプリルフール聴けばわかるけど小坂忠は英語で歌って
るわけで
●僕、この間松本さんと仕事させていただいて
初めてそういう話したんだけど、松本さん自身も単なる思い
つきだって
岡林信康のバックをやって、彼の歌を聴いてこういう
やりかたもあるのか
だけど彼自体もそんなに大それた・・・
△12月とか春よ来いはもう出来てたよ、バックやる前に
遠藤賢司の夜汽車のブルースは前にあった、あれの影響
は。ああいうやり方もあるのかとは思ったけどね
●たった3年ぐらい前は彼らもバニラファッジ、ジミヘン
とかやってた
△松本の詞を英語に直すとかでやってたでしょ
小坂忠の実験作も大きかった、こういう乗せ方のあるのか
遠藤賢司があって、もちろん高田渡や岡林信康は当然ある
わけです
これ聞いてないよな

GSと違うのは4ピースのコンボで演奏しながら歌うんです
が、サウンドを洋楽にいかに近づけるかを追求した事です。
行為は同じでも目標が違う。そして歌うテーマは社会風刺、
政治的抗議なのか、ノンポリ、ラヴ&ピースか。


●岡林さんといっしょに何十本かやったわけでしょ、
はっぴいえんど
△何なのかなあと思ってたんだけどね
●洋楽的なセンスとかぜんぜん感じなかった?
△面白い人だったんだよね
最後なんか、家は出たけれどというくたばれ無責任みたいな
自己否定のコミックソングもあったり
やっぱり無理してるんじゃないかと
だから今は、常に無理は良くないよ、と
●時代と共振しちゃったから
若い頃とか無理したい時期があるのはわかるけど延々
続けるとどっかで副作用が出るんだよ
岡林さんが今、エンヤトットの世界に戻ってるってのは
当然の帰結だと考えてる
あれはあの人の友よにしろチューリップのあれにしろ前から
エンヤトットだったんだと
ぜんぜん別の物じゃないんだよ
●エレクトリック幻想というのがあってね

民謡、folk song、民衆の謠。労働歌でしょうか。

△もちろん彼は分かってて今やってるんだと思うけどね
で、我々は無理はなかったんだよ
ただ、日本語のあの当時の歌としては変な歌だったんだよ
●たしかにね、内容がね
ほらむかーし大瀧さんと初めてお会いした時に
はっぴいえんどのツアーの悲惨な歴史を聞いたじゃない
ですか
△松本君がタムタム敲いたら1発目でボコっと割れたとか
やってるうちにベードラ前に落っこちたとかね
ドラムが途中で止まってんだよ
どうした!って見たら
ベードラ前におっこっちゃった、だんだん前に出ってさ
ドリフじゃないんだから
●よくある話
アンプが無くて
△アンプが無くってボーカルアンプにギターとベース全部
入れたり

みんなも松本さんも真面目にやってたでしょうから、爆笑です。

●解散する前の期間内でライヴはどのくらいやったん
ですか
けっこう全国ツアーやった、長崎とかまで
△行きましたよ、最後の時は2,30ぐらいやったのか
なあ
さっきも言ったように、とにかく作家性がみんな強い
からね
どう考えてもライヴでなんとかしようとか誰も思って
なかったと思う
その時ははっぴいえんどってレコーディンググループ
じゃないですか
ライヴに対しては意欲って無いんですか
△無いと思ったよ
●無いのう?ホ、ホ、ホ(笑)ショーガネー
△レコーディンググループなんて認められてないからさ
レコードは良いがライヴは下手
レコードは良いがライヴは下手

なんで2回言うた?

とかいう書き方ばっかりするんだ
いまだに書いてある活字写してどうのこうの言うけど
レコーディングバンドなんだし、作家の集団なんだから
さ、あと見りゃ分かんじゃん
だから、あの頃レコードだけでそれで商売になってたら
ライヴなんかやってねえぞ
●ライヴやらないバンド
△あるんだよそんなこといっぱい

●はっぴいえんど、3枚レコード出てましたけど
未発表テイクってあるんですか
△テイク1、テイク2とかダビング前とか
●いや、作品的に
△デモテープ段階ではありますね、ほんの数曲
●フィックスされた物しかレコーディングしてない
んですね、予算の関係で
△やったらもう即出す。これはダメっていうのは後にも
先にも風をあつめてだけでしょう

おふくろの手紙を読む。ですね。


●なんか質問大会になっちゃった
1枚目に入ってる12月の雨の日とシングルとテイク
違うんですか
△スタジオが違うから録音が違う
●全く違う演奏なんですね
あっちの方はアコースティックが左右に振れてる、
あれ4トラ?
△シングル盤?あれは12弦、12弦を4回だか6回
重ねて
●それはトラック数は、サウンドオンサウンドなの
△8−4−2?エートツーエート?8を1回2チャンに
戻してまた8の中に、4だったかなあ、まだ
ダビングダビングだから最初に入れてたドラムが
えらい遠くになっちゃった
●でもあれが良い味なんですね、フロート感
良い音してますよ、シングルヴァージョンの方が好き
なんですよ。あれエンジニア誰なんですか
△キングの山崎さんて人
シングルは良く出来てる、アルバムはデモ段階だった

●ギターのフレーズがイントロのリフとして完成してる
△完成してたねー。ほんとに鈴木茂の天才性って
細野さんが初めて連れてきて、パッとデモテープ聴いて
最初にあのフレーズ弾いたんだって
●いたんですね、あの頃そういう人
△それほんとに歴史的必然、出会いってそういうこと
なんだな
あのイントロ無きゃどうでもない曲だよ、はっきり言って
聴けば聴くほどつくずく良いイントロだ
ベートーベンのジャジャジャジャーンに匹敵すると
でもベートーベンもあすこに持って行くまでにすごい
推敲を重ねてやってますから
そうやってパッと座ってサーッと弾いてそれが出て来る
ってのはすごいです
△ビーマイベイビーもベードラに3時間かけた
吉田正も有楽町で逢いましょうのイントロに随分時間
かけたって
やっぱりイントロはみんな考えてる
細野、松本、大瀧で考えあぐねてたわけだよね
やっぱりリードギター入らないと締まらないと、
この3人の叡智をもってしてもできなかったんだよ
そこにポコランと鈴木茂が表れてヒョッっとああいう
●その前にギターの候補はいなかったんですか
△いたんじゃないのかと思うけどね、茂にずいぶん
絞られてたんじゃない
●エイプリルフールからはっぴいえんどに行くって
意志は細野さん
△細野さんです。完璧に100%
●なんで忠さん使わないで
△だからHAIR行ったっつってんじゃん
あのおっさんヘアー行ってなきゃ、はっぴいえんど
は小坂忠だよ
●それも運命ですね
△運命だね、あんなこと俺やってないんだから
●じゃあ大瀧さん、はっぴいえんどやんなかったら
何になってたと思う
△何だろうかな、ナニだろ?
●高田文夫さんみたいになってた
△考えらんないんだよね
●本質的に芸能界向きではないですもんね
△向いてませんね、はっきり言って向いてません
かといって社会生活には不適合ですよ
●そうですね、分かりますよ
△あんまり興味はないんだ、いろんな雑事に
音楽は好きですよ、芸能ごと全般
●芸事は好きなんだけど、芸能というシステムがダメ
△表だってやるというのが不向きだと思いますから
ご勘弁の程よろしくお願い致します
ほんとにだけど25年経って大瀧さんの人生を
聞くと数奇な運命ですね
綱渡り的な、無かったかのような
△君らの世代はちゃんとあるべくして在るように思う
んだけど
我々の横見ててもみんなけっこう数奇な運命辿ってる
はっぴいえんどは茂だけはミュージシャンという
佇まいがあるんだけど
他の細野さんと松本さんと大瀧さんの3人ともちょっと
変わってる
△僕はまあ横に置いてもあの2人は変わってる
●すごく変わってる
△変わってるよね、ほんと天才だと思うよ、間違いなく
●だけど僕よくわかった、松本さんは心の底から
歌謡曲が好きね
△好きだね、才能あるもん、やっぱり
●あの出自がそういう世界で花開くって、またすごく
面白いじゃないですか
他にそんな人いないでしょ
△やっぱり西條八十だと思うよ彼は
西條八十は純粋詩から入って、芸者ワルツまで書く人
だから
その幅から言って、あれは戦後の西條八十だと思うな
●そうですね、それは異議無しですね
早稲田で教えてたりもしてて芸者ワルツ書いちゃう
んだから結構ワイルドだよね
今やりゃ芸能ネタになんかされるでしょ、当時も随分
言われたみたいなんだけど
君がある意味あいで三波春夫の流れの部分がある
のと同じように
あのひと完璧に西條八十だと思う
俺は自分で堀内敬三、歌う堀内敬三だと
これは分かられにくいだろうな

http://www.geocities.jp/ dec302014/zero/index0.html

細野さんは細野さんでね、あれは変わってるよ
●細野さんは、日本のフォークとロックという物の
音楽家としてのスタンスを定義づけている所がある
△あるね、あの人を研究した方がいいと思うね
俺はだからさ、横にいる人間なんだよね
●うーん
△あの人はちゃんと真ん中にいる人
●そうですね
△そうそう

やっぱりティンパン系といわれたすべてのインスト
ルメンタルプレイヤーは
細野さんを目標としてみんなやりましたから
あの人自身プレイヤーだけではないという事は
我々は分かってるんだけども
あの人を超える総合力を持った人はいないんだよ
ベースは日本一、戦後の最も上手いベーシストでしょ
今となっては世界の中でも

細野さんは、山下達郎のように歌が歌えたら、達郎
さんのような音楽をやっていただろうと、語ってました。
翌月に大瀧・細野放談があったんですね。「細野晴臣
Daisy World」(99.2.1)


ああいう偉人の人たちとめぐり逢えて、僕は非常に
岩手からポッと出てきて、どうやって知り合ったんです
か、って聞かれるんですよ
東京で知り合った2番目の人なんですね
中田君が最初で、その前に布谷さんに知り合ったって
のがあるんで
順番から行くと3番なんだけど東京の人って意味合い
でいくと2人目
そう言うと「ラッキーでしたねー」って言われるから
やーほんとうにラッキーでしたー
●すごい変わってる人と最初に会ったから、最初に
見たのを親だと思ってしまったんです
僕と同じなんですよ
△親なんですかねあの人
●最初に見た人だからそれがミュージシャンか、って
一般化するじゃないですか
大瀧さんていうのは日本のフォークとロックでやってる
人だから、それが最初の、、その前に本田信介って人
がいたんだけど・・・
△布谷さんみたいな人だね、信介は君にとって、
「おいといて」って奴
だからすべからく、昨年の事にしろ何にしろ
私は全部ラッキーで生きておりますから
出会いから含めて、ただそれだけの者ですから

●さああと来年が
2000年の新春放談でしょ
再来年が2001年だから
2001年の時にはニューアルバムをじゃんじゃん
かければいいんでしょ
●2001年じゃなくて2002年でしょ
△2001年には出来上がってるんですよ正月には
だって3月発売だもん、少なくとも4曲は上がってる、
●あそう
△4曲は年内に出しとくから
●期待できますね、期待は失望の母
△申し訳ないけど、それはもう最後のつもりで
今これから2001年の

(新春放談を)

録ってもいいくらいだよ
絶対そうなるから

●再来年のこと言うと鬼が笑うじゃなくて逆立ちします
んでね
今年はどういうご予定なんですか
△何にもないですね
●市川実和子さんのアルバムは
△あー出るんじゃないですか
●コンセプトがあったわけじゃないですか
99年のナイアガラカレンダー、20年ぶりの
△自分は自分の、僕は2,3曲
編曲は分業して、後は各々の、僕はお手伝いですから
●一応製作総指揮ってやつでしょ
△総じゃない、パート指揮
●他にめぼしい作家は
△細野さんも1曲書いてくれて、杉君、平松愛理、多幸福
さんも当然
京平さん、36の最後のっていうと、やっぱり京平さん
以外ないよ
お願いしたんです、それはね変わった歌
たいていよくほら、並べたってのがあるけどさ、違う
んだよ
珍しくね、ぜんぶ詞先、最初にテーマがあって、
そっから作家選んだ
●へー、女の一生ですね
△そうそう杉村春子の
そのわりにはね、歌がなかなか至らないんだけど
いいじゃないの、企画倒れは俺の得意だよ、こんな
もんは、ね
来年はこれ1個です、何もないです
再来年は後半にアルバムの4曲が・・・
●だいたいがこれがあれだろうな、リップサーヴィス
だろうな
△そろそろ君は見分け付くでしょう、もう
●僕は見分け付きますよ、言えませんけどね
△付くんだよどういうわけだかね
●言っちゃうと身も蓋もない
含みを持ちながらこの新春放談もまた来年へと
さらにつづいて行く

われわれもこの時代になると、予想はするけど期待は
しない、そうなってきました。

後枠

収録終わってから
来年あたりはもうちょっと洋楽的な話題も多くしよう
まるっきり北野武さんと高田文夫さんの雰囲気になってまいりまし

(笑)ちょっと待って(笑)東京五輪音頭ォ(笑)ウンはい
このくだり
あとは、イクラ丼が秀逸でした。


今回は、「前も言ったけど、これ言わなかったっけか」など
が多いです。
現場に戻って2年ほど、話の聞き手が多かったのかも
しれません。
「勉強家」の名乗りを上げた日本ポップス伝とのリンクも
ところどころに出てます。
達郎さんもその系譜を、自分のルーツを、強く認識した
のではないでしょうか。


来週はヒストリーオヴジャパニーズロック6回目
はっぴいえんどから分派をして生まれたティンパンアレイとナイアガラ






ウララカ−インマイルーム